「幸せの基準」は変化していく
こんにちは。
じめじめと蒸し暑い日が続きますがみなさんいかがお過ごしでしょうか。

気候と体調はダイレクトに直結しますよね。
天気は変えられないけれど気の持ちようは心がけ次第で変えられたりするものです。
今日は「幸せの基準」についてお伝えしていきたいと思います。
いきなりですが…
みなさんは今、幸せですか?
毎日いろんなことがありますよね。
・「今のままでいいのだろうか」「これからどうなっていくのだろう」
という漠然とした不安
・仕事のこと、夫婦のこと、子どものこと、パートナーのこと、介護のこと、お金のこと、体のこと…
挙げはじめるときりがありません。
今日みなさんにお伝えしたいことは…
人はしんどいこと、辛いことを経験すればするほど
「幸せの基準」は変化していく ということです。
筆者のわたしも30数年の人生の中でいろんなことがありました。
今も悩みがない訳ではありません。
今これを読んでくださっているみなさんも
これまでにたくさんのことを乗り越えてこられたのではないでしょうか。
まわりと比べてないものを悔んだり焦ったり…
幸せの基準がまわりと比べてどうか、という場面も多いのではないでしょうか。
日本はテストの点数や順位など、なにかにつけて数字で決めることが多いです。
そういう環境にいるうちに、少しずつ「まわりと比べて自分はどうか」という誤った幸せの基準が出来上がっていったりするものです。
テスト以外にも「もうダメだ」「わたしはこの先どうなってしまうのだろう」と思った経験、ありますよね…
そんなまわりと比べて幸せかどうかの基準にいるわたしたちはどうしても色々な場面で「ないもの」に目を向けがちになってしまいます。
前回の記事でお伝えした内容は「平和な日々の中にも「あるもの」に目を向ける意識をしてみること」でした。
今日は「辛い経験をしたあとにはあるものに目を向けられる自分が養われている」というお話になります。
今日は分かりやすい例として「きっと死ぬまで忘れない辛かった経験」を例に挙げてみたいと思います。
その時はどん底だった経験も、少しずつ乗り越えて受け入れていった後に
「これまで何気なく過ごしていた日常の幸せに気づく自分」がやってきます。
例えば…
・けがをして辛いリハビリを終えたら、当たり前に手足が動くということに感謝できるようになった
・大切な人と離別して孤独を感じていた時に自分の話を聞いてくれる人がいることへのありがたさを知った
・会社が倒産して職を失い、途方に暮れていたがなんとか仕事が決まり、仕事があることのありがたさを知った
など…
そして大切なのはこれらの感情を味わったときの自分は
以前よりもずっと今あるものに目を向けられている自分になっていることに気づくことです。
そしてまた日常を過ごす中で、もしかしたらその辛さは少しずつ薄れていき、
この時の感情を意識することが減っていくかもしれません。
しかし、経験は必ず自分の糧となって「ああ、あの時の経験があったから、今の幸せがあるんだよな」
と思える瞬間は繰り返しやってきます。
「あのときはこうしてご飯が食べられていることも、毎日眠れることも意識していなかったけれど
これもありがたいことなんだなあ」と。
色々な経験を通して「まわりと比べていた自分」から「あるもの」に目を向けて本当に自分を満たしてくれている「幸せ」に気づくことができるようになっていきます。